ピカソはパリで創作活動をしていた青年の頃、キュビズムという画法を得意としていました。

モデルの肉体を漫画のようにデフォルメしたり、幾何学的な模様で対象物を描いたりと、とても実験的な描き方をしていたのです。

そのまま、キュビズム路線で制作を続けるのかと思いきや、ガラッと写実的で古典的な描き方に変わる時期が訪れます。

同じ人物が描いたとは思えないほどの変わりようですが、画風が変わったのには、ある一人の女性が深く関わっていました。

その女性とは、ロシアバレエ団のオルガ・コクローヴァというバレリーナです。

バレエ

ピカソは彼女と出会う前に、友人のジャン・コクトーの依頼で、ロシアバレエ団の衣装や舞台デザインの仕事をしていました。

この仕事は、バレエ団の公演スケジュールに合わせて行われたため、ピカソも彼らの興行に付き合ってイタリアやスペインなどに滞在しました。

その長い滞在生活をするうちに、美しいバレリーナのオルガに恋をするようになります。二人はパリに戻り、結婚して創作活動を行うようになります。

オルガはロシア貴族の血筋だったこともあって、凛とした気品と輝く美貌を持った女性でした。そんな彼女をモデルに描いた名作が「肘掛け椅子に座るオルガの肖像」です。

オルガ

この絵には、ピカソが得意としていたキュビズムの手法が全く使われていません。モデルを写実的に描き、誰が見てもオルガだとわかる作品です。

それというのも、彼女がピカソに、

「私を描くときは、誰が見ても私だとわかるように描いて」

と言ったため、このような描写をするようになったのです。

「肘掛け椅子に座るオルガの肖像」は、オルガがソファーに座り、スペインの扇を手に持った姿が描かれています。

オルガの白い肌と、衣装やソファーの黒が際立ち、とても魅力的な作品になっています。また、ソファーや扇の模様も、絶妙な色彩バランスで描かれ、華やかさを添えてくれます。

そして、絵の中のオルガが向ける物憂げな瞳は、観る物を魅了してやみません。

幼少の頃には、すでに写実的なデッサンを極めていたピカソにとって、古典的な手法に戻るのはお手の物でした。

この「肘掛け椅子に座るオルガの肖像」を発表した後、しばらく写実的で古典美術を基礎とした新古典主義という手法で絵を描き続けます。

ピカソと彼女の間に生まれた子供をモデルにした作品も、この頃に描かれていますが、オルガの絵と同様に写実的な作品となっています。

愛する女性のために、これまで築いてきた手法をあっさりと捨てるピカソ。天才ゆえにできたことかもしれません。