ピカソはパリに芸術拠点を移してから、徐々に有名になっていきます。精力的に作品を描いたり、芸術仲間と交流したりと忙しい日々を送っていました。

パリ

時には、バレエ団の衣装や舞台装置のデザインなど、絵画以外の仕事も行っていました。

そんな中で、一番目の妻となるオルガと出会い、息子も生まれ安定的な生活を送っていました。

しかし、そんな生活に嫌気がさし始めていたピカソは、パリの街中である一人の女性に出会い、恋に落ちてしまいます。

その女性とは、17歳の若き乙女マリー・テレーズ・ウォルターでした。

彼女は、スポーツが大好きな普通の少女で、芸術にはほとんど関心がありませんでした。そのため、ピカソに初めて声をかけられた時も、彼が有名人だとはわからなかったようです。

上流階級出身で、何かとピカソの絵画表現にうるさい妻のオルガとの関係が嫌になっていたピカソは、たちまちマリーの魅力に虜となりました。

妻のオルガに隠れて、二人は付き合うようになります。最初はこっそりと付き合っていたのですが、やがて、パリから離れた土地に城を購入し、そこへマリーと移り住み、芸術活動をするようになりました。

彼女が芸術に無関心だったために、ピカソはかえって肩の力を抜いて付き合えました。もしかしたら、従順で大人しかった彼女の存在は、ピカソにとって癒しだったのかもしれません。

ピカソは、マリーのことを「眠る女」という言葉で表現しています。

そんなマリーがモデルを務めた代表作が、今回ご紹介している「夢」です。

この「夢」は、1932年に描かれました。ピカソが50歳のときの作品です。

夢

当時、芸術界で流行していたシュルレアリスムとフォービズムという手法で描かれた近代美術を代表する名作です。

ソファーに深く座り、静かに眠るマリーの姿が描かれています。

彼女の顔をよく見て下さい。左側の顔は、マリーが上を向いた横顔が描かれており、右側は下向きの別の人間の横顔が描写されています。

このように描くことによって、寝ているマリーに、ピカソが口づけをしている様子を表現しているのです。

また、全体の色調も赤や黄色の暖色と、緑や青の寒色がバランスよく描かれ、全体を美しく彩っています。

さらに、穏やかで優しげな女性の表情は、観る人の心に安らぎを与えてくれるようです。

この何とも静かな魅力にあふれた「夢」は、後にアメリカのコレクターが1億5000万ドルで購入するほどになります。

この作品に、マリーに対するピカソの愛が注ぎ込まれたからこそ、皆が愛する名作になったのでしょう。

管理人について

さて、皆さん、いかがでしたでしょうか。なにか、心に残る作品はありましたでしょうか。

これまでピカソの名作10選にお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

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